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働く力を取り戻すエンタメ就労支援

8月10日
読了時間: 6分

人は、ある日突然、前に進めなくなることがあります。朝になると涙が出て、家の外へ出ることさえ重たくなって、世界との距離が少しずつ遠くなっていく。けれど、その人の中で灯が消えたわけではありません。ただ、もう一度動き出すための時間と、そばで待ってくれる誰かが必要なだけなのだと思います。


“踊りたい”と言えた日

ラフ大の就労移行支援に通ってくれている利用者さんがいます。

通い始めて、今で3ヶ月目になります。

最初にご相談をいただいたのは、約5ヶ月前のことでした。職場でうまくいかなくなり、心がズーンと沈んでしまって、なかなか家から出られない。朝になると涙がポロポロ出てしまう。

ご本人だけでなく、お母さま、お父さまも心配されていました。

そこから少しずつ関わりが始まり、実際にラフ大での時間がスタートして3ヶ月。

以前にも少しお話ししたように、薬を飲まなくても過ごせる時間が出てきた、という変化もありました。それだけでも本当に大きな一歩です。

でも今回、さらに嬉しい出来事がありました。

ラフ大では年に2回、発表会を行っています。

その利用者さんが、自分から言ってくれたのです。

「私、発表会で踊りたいです。出たいです」

しかも、それだけではありません。

「誰々先生と一緒にやりたいです」

そうやって、自分の意思を、自分の言葉で伝えることができたのです。

その瞬間、私は思いました。

めっちゃええやん。

めっちゃええやん、と。

もちろん、これから練習が始まります。実際に舞台に立つまでには、きっと緊張もあるし、不安もあると思います。

でも、「出たい」と思えたこと。

「踊りたい」と言えたこと。

「この先生と一緒にやりたい」と、自分の希望を誰かに伝えられたこと。

そこには、ものすごく大きな回復の芽があるように感じます。

働くということは、ただ作業をすることではありません。

朝起きること。人と会うこと。誰かと何かを一緒にすること。自分がそこにいてもいいと感じられること。少しでも誰かの役に立てたと思えること。

そういう一つひとつの感覚が積み重なって、やがて「働く」という場所につながっていくのだと思います。

だから、人前で何かをすることや、発表会に出たいと思うことは、単なるイベント参加ではありません。

それは、心がもう一度、外の世界に向かって手を伸ばし始めたサインなのです。

現状維持できているだけで、十分頑張っている。

これは、児童の支援でもよくお伝えしていることです。

特に、不登校だったり、引きこもりになっていたりする子たちと関わるとき、私たち支援する側が忘れてはいけないことがあります。

それは、現状維持が第一だということです。

焦らず、慌てず、諦めず。

この言葉は、簡単なようでいて、本当に難しいです。

支援者側は、つい焦ってしまいます。

「そろそろ次のステップに行けるんじゃないか」

「これもやってみたらどうかな」

「あれも経験したらいいんじゃないかな」

良かれと思って、いろいろ提案したくなることがあります。

でも、心が疲れ切っている人にとっては、その「良かれ」が重荷になることもあります。

本人の中でまだ準備ができていないときに、外から何かを押し込もうとしても、うまくいかないことが多いのです。

大切なのは、その子のペースに寄り添うこと。

一緒に歩くこと。

隣で伴走すること。

こちらが前から引っ張るのではなく、後ろから急かすのでもなく、同じ速度で横にいることです。

気持ちが整ったとき、人は自分から動き出します。

今回の「発表会に出たい」という言葉も、こちらから強く勧めたものではありません。

本人の中で少しずつ育っていた気持ちが、ある日、自分の言葉になって出てきた。

それが何より大切なのだと思います。

人は、押されて変わるのではなく、安心の中で少しずつ動き出す。

そして、その安心をつくるうえで、エンタメには大きな力があります。

エンタメというと、「ただ楽しませるもの」と思われることがあります。

楽しかったらいいやん。

盛り上がったらいいやん。

もちろん、それも大切です。

でも、ラフ大で見ているエンタメは、それだけではありません。

踊ること。歌うこと。人前に立つこと。誰かと一緒に作品をつくること。笑うこと。拍手をもらうこと。

それらは、心の活力につながっていきます。

現代社会には、心が疲れて働けなくなっている人がたくさんいます。

能力がないわけではありません。

やる気がないわけでもありません。

ただ、心のエネルギーが枯れてしまっている。

人と関わることが怖くなっていたり、失敗することが怖くなっていたり、自分はもう役に立てないと思い込んでいたりする。

そんなときに、いきなり「働きましょう」と言われても難しいのです。

まず必要なのは、心が少しでも動く経験です。

楽しいと思えること。

誰かと一緒にやってみたいと思えること。

自分から「これをしたい」と言えること。

その小さな火種が、やがて生活のリズムになり、人との関係になり、働く力へとつながっていく。

だからエンタメは、就労支援にも深く関係しています。

遊びでは終わらない。

楽しさだけで終わらない。

人がもう一度、自分の人生に参加していくための入口になるのです。

今回の出来事は、私にとっても大切な確認になりました。

支援とは、何かをさせることではない。

本人の中にある力が戻ってくるまで、信じて待つこと。

そして、その力が少し顔を出したときに、「めっちゃええやん」と心から受け止めること。

その一言で、人は少し安心できるのかもしれません。

自分の気持ちを出しても大丈夫なんだ。

やりたいと言ってもいいんだ。

前に出たいと思ってもいいんだ。

そう思えたとき、心は少しずつ外へ向かって開いていきます。

発表会の日、その利用者さんがどんな表情で舞台に立つのかは、まだわかりません。

緊張するかもしれないし、途中で不安になるかもしれない。

それでも、「出たい」と言えたその日から、もう一つの物語は始まっています。

焦らず、慌てず、諦めず。

現状維持を大切にしながら、心が動き出す瞬間を見逃さない。

その人の中にある小さな灯を、こちらの都合で急がせず、でも消えないようにそっと守る。

そしていつか、その灯が自分の足で前に進もうとしたときに、隣で一緒に喜べる人でありたいと思います。

「踊りたい」と言えたこと。

それは、ただ発表会に出るという話ではありません。

それは、もう一度この世界に向かって、「私はここにいます」と言い始めた、静かで力強い一歩なのだと思います。

 
 
 

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