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就労支援で迷ったとき、戻るべき場所

人は、誰かを困らせたいから意見を言うわけではありません。むしろ多くの場合、「その人のために」「現場のために」と思う気持ちが強いからこそ、言葉に熱がこもります。けれど、良かれと思う正義と、別の良かれと思う正義がぶつかったとき、支援の現場には小さな摩擦が生まれます。そのとき私がいつも立ち返るのは、感情ではなく、事実です。


感情ではなく、事実で話すという支援の技術

就労支援の現場には、たくさんのルールがあります。

明確に決まっているルールについては、誰もそれほど迷いません。赤信号では止まる。青信号なら進む。そういう基準がはっきりしていれば、会話も判断も大きく揺れにくいものです。

けれど、現場で本当に難しいのは、ルールそのものではありません。

難しいのは、ルールの周辺にある「解釈」です。

「こうしたほうが効率がいいんじゃないか」

「でも、それだと口数が増えてしまう」

「衛生的に考えると、あまり良くないのではないか」

こうした意見は、どれも現場を良くしようとする気持ちから出てきます。誰かが悪気を持っているわけではありません。むしろ、みんながそれぞれの立場で、良かれと思って考えている。

ただ、その「良かれ」が感情のままぶつかると、話は少しずつ難しくなっていきます。

特に、相手が子どもではなく、ある程度経験を重ねた大人であればなおさらです。人にはそれぞれの正義があります。経験から得た判断基準もあります。自分なりに大切にしてきた価値観もあります。

だからこそ、感情と感情で会話を始めてしまうと、簡単に摩擦が起きます。

感情と感情がぶつかったとき、もしそこに愛が芽生えれば素晴らしいことです。けれど現実には、多くの場合、いがみ合いが生まれてしまう。

支援の現場で必要なのは、誰の感情が正しいかを決めることではありません。


支援の現場に必要なのは、声の大きさではなく、戻るべき基準

私がそういう場面でいつもやることは、とてもシンプルです。

すぐに調べます。

そして、具体的な事実を明示します。

感情を切り離して、事実を伝える。基準を確認する。何が決まっていて、何が決まっていないのか。どこまでが通常の対応で、どこからがイレギュラーなのか。

それを一つひとつ整理していきます。

たとえば、赤信号は渡っていいのか。

基本的には、渡ってはいけません。

青信号なら渡る。

もちろん、現実にはケースバイケースの状況もあるでしょう。緊急時や特殊な事情があれば、別の判断が必要になることもあるかもしれません。

けれど大切なのは、イレギュラーを基準にしないことです。

話し合いの中でよく起きるのは、非常にまれな例外を、まるで日常的に起きることのように扱ってしまうことです。

「こういうことが起きたらどうするんですか」

「もしこうなったら危ないですよね」

「万が一、こういう人がいたら困りますよね」

もちろん、それらは起きる可能性があります。ゼロではありません。だから無視していいという話ではありません。

ただ、そこで考えたいのは、その出来事がどれくらいの頻度で起きるのかということです。

10回に1回なのか。

100回に1回なのか。

1万回に1回なのか。

その頻度によって、準備の仕方も、ルールの作り方も変わります。

10回に1回も起きないことを、10回に10回起きる前提で話していたら、現場の判断はどんどん窮屈になります。1万回に1回のリスクを、毎日必ず起きるものとして扱えば、何もできなくなってしまいます。

外に出たらクマに会うかもしれない。

車にぶつかるかもしれない。

悪い人に出会うかもしれない。

そう考え始めれば、外に出ること自体が危険になります。でも、私たちはその可能性を理解したうえで、現実的な準備をしながら生活しています。

就労支援も同じです。

リスクを軽視してはいけません。けれど、リスクへの不安だけで現場を動かしてしまうと、支援は前に進めなくなります。

必要なのは、不安を消すことではありません。

不安を、事実に照らして扱うことです。


イレギュラーは備えるべきものですが、基準にしてしまうと現場を止めてしまいます。

誰かの意見に対して、「それは感情論ですよ」と切り捨てる必要はありません。感情には感情なりの背景があります。不安になる理由も、慎重になる理由も、そこには必ずあります。

ただ、その感情をそのままルールにしてしまう前に、いったん立ち止まることが大切です。

今話していることは、通常の基準についてなのか。

それとも、まれに起こるイレギュラーについてなのか。

実際には、どれくらいの頻度で起きることなのか。

既存のルールでは、どう定められているのか。

根拠となる情報はあるのか。

こうした問いを挟むだけで、会話の温度は変わります。

「あなたが間違っている」と言うのではなく、「今、私たちはどの基準について話しているのか」を確認する。すると、感情のぶつかり合いだったものが、事実に基づいた検討に変わっていきます。

就労支援の現場では、スタッフ間の意思疎通がとても重要です。

利用者さんへの支援は、ひとりの判断だけで成り立つものではありません。複数のスタッフが関わり、それぞれが同じ方向を見ながら、必要なサポートを組み立てていきます。

だからこそ、スタッフ同士の会話が感情の応酬になってしまうと、支援そのものが不安定になります。

逆に、事実をもとに話す文化があると、現場は強くなります。

人を責めるのではなく、基準を確認する。

不安を否定するのではなく、情報を整理する。

正義と正義を戦わせるのではなく、共通の土台に戻る。

それができると、意見の違いは対立ではなく、より良い支援をつくるための材料になります。

もちろん、すべてが数字やルールだけで決まるわけではありません。就労支援は人と人との関わりです。そこには気持ちもあります。個別性もあります。現場でしか見えない空気もあります。

けれど、だからこそなおさら、事実が必要なのです。

感情を大切にするためにも、感情だけで判断しない。

人を支える仕事だからこそ、支える側が冷静に立ち戻れる場所を持っておく。

私にとって、それが「事実で話す」ということです。

感情が悪いわけではありません。感情は、現場に真剣に向き合っている証でもあります。不安も、こだわりも、違和感も、大切なサインです。

ただ、それをそのままぶつけ合うのではなく、一度テーブルの上に置いてみる。

そして、みんなで事実を確認する。

何が決まっているのか。

何が起きているのか。

どれくらい起きるのか。

何に備えるべきなのか。

その順番で話せる現場は、強い現場です。

就労支援には、いろいろなことがあります。毎日が同じではありませんし、人が関わる以上、予想外の出来事も起きます。

だからこそ、イレギュラーに振り回されすぎず、かといって軽視もせず、正確な情報に基づいて準備しておくことが大切です。

感情が高ぶる場面ほど、事実に戻る。

意見が割れる場面ほど、基準を確認する。

誰かを論破するためではなく、同じ方向を向くために。

支援の現場で本当に必要なのは、勝ち負けを決める会話ではありません。必要なのは、利用者さんにとっても、スタッフにとっても、安全で納得感のある判断を積み重ねることです。

そのために、私はこれからも、感情ではなく事実で話すことを大切にしていきたいと思います。

 
 
 

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