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「できない」と決める前に、前向きに挑戦する療育
人はいつから、「自分には無理だ」と先に線を引くようになるのだろう。赤ちゃんは転ぶたびに、自分の才能を疑ったりしない。ただ立とうとして、倒れて、また手をついて立ち上がる。その姿の中に、私たち大人がどこかで置いてきてしまった、挑戦の原点がある。 赤ちゃんを思い出してほしい。 立てると思って立つ。 立てるまで立つ。 歩けるまで歩く。 赤ちゃんが立ち上がろうとするとき、そこに一切の疑念はないように見える。自分には無理かもしれないとか、何回失敗したから向いていないとか、周りより遅いから恥ずかしいとか、そんなことを考えていない。 何回も何回も転ぶ。 その中で、ほんの少し立てる瞬間がある。一歩踏み出して、また崩れる。でもまた立つ。二歩前に出て倒れる。それでも続ける。 なぜなら、赤ちゃんは「自分は立てる」「自分は歩ける」と、まるで当たり前のように信じているからだ。 もしその赤ちゃんが、「自分は立てない」「自分にはできない」と思っていたら、きっと立てない。少なくとも、立てるまで立ち続けることはできない。 これは、大人にもそのまま当てはまるのではないかと思う。...
14 分前


東京発表会🕺無事終了!
https://youtu.be/0WWalxNlHvE?si=sFNDreLT5KOl-kj6 各クラスのダンスをYouTubeに載せてます!ご覧ください✨
19 時間前
未就学期の療育は、感覚を育てる宝庫
子どもが落ち着きなく動き回っているとき、私たちはつい「じっとして」と言いたくなります。でも、その動きの奥には、本人にもまだうまく扱えない体の感覚が隠れていることがあります。ふわふわ歩いていた子が、ある日ペタッと足をついて歩き始める。その変化は、根性や注意ではなく、体が少しずつ「自分の使い方」を覚えていく過程なのだと思います。 児童発達支援と放課後等デイサービスの現場にいると、未就学のお子様と関わる機会が多くあります。 じっとしていられない。 止まっていられない。 歩き方がどこかふわふわしている。 体の使い方がまだうまく定まっていない。 そういう子たちを見ていると、未就学の時期というのは、本当に大事な感覚を学ぶ宝庫だと感じます。 年齢が上がってからも体の使い方は育っていきますが、未就学の段階には、その土台になる感覚がたくさん詰まっています。特に大切なのが、自分の体がどこにあって、どう動いていて、どこに重心が乗っているのかを感じ取る力です。 専門的には体性感覚とも呼ばれるものです。 私たちは普段、あまり意識せずに立ったり、歩いたり、座ったりしています
23 時間前
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