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支援される人、されない人——熱意と考え方を伝える力は、訓練で身につく
誰かに支援されるとき、何が決め手になるのだろう。それは能力でも、運でもない。ある人事の方が教えてくれたのは、「熱意」と「考え方」を持ち、それをちゃんと伝えられるかどうかだった。その言葉は、私の中で静かに響いた。そして気づいたのは、この力は才能ではなく、訓練で身につけられるものだということだ。 ある日、人事の方がこう言った。 「何かを支援するかどうか判断するとき、大切な基準がある。その人に熱意があるか。そして、考え方を持っているか」 つまり、ただ「助けてほしい」と言うだけでは、人は動かない。その前に、自分がどうなりたいのか、何をしたいのか、どんな意志を持っているのか——それを明確に語れるかどうかが問われる。 支援されるべき人とは、まず自分で働きたい、こうなりたい、こんなことがしたいという意志を持っている人なのだ。そしてその熱意と考えを、言葉にして伝えられる人。 この言葉を聞いたとき、私の中で何かが腑に落ちた。 さっそく、私はこの学びを自分のレッスンに取り入れてみた。演劇療育のクラスで、子どもたちに「オーディション形式」の課題を出したのだ。 小さな役
4月10日
「合図と身体のあいだ:手を挙げる練習の哲学」
教室で「わかる人、手を挙げて」と言われても、何人かの子はじっと座ったままです。ぼーっとしているように見えるその沈黙は、怠けでも反抗でもないかもしれない。合図が心に届いても、まだ身体に渡っていないのです。最初の手が上がるまでの距離は、思っているより長く、そしてやさしさでしか埋められません。 未就学の子どもたちと過ごしていると、「手を挙げる」が一つの大きな山であることに気づきます。先生は合図を出す。親は見守る。でも、子どもは動かない。困惑の視線が行き交うたびに、この場にはいくつもの見えない段差があるのだと感じます。 まず、呼びかけが自分に向けられているのかどうか、子どもの内側で判断がつかないことがあります。「手を挙げて」という言葉は、誰かの発言として空間に浮かぶだけで、自分の行動に結びつく実感がまだ育っていない。もう一つは、概念の問題です。手を挙げるとは何か、どんな形で、どんなタイミングで行うのかというイメージが、まだ輪郭を持っていない。さらに厄介なのは、心では「挙げているつもり」なのに、脳と身体の回路が滑らかにつながらず、動作が最後まで立ち上がらな
4月9日
仕事がないなら、会社ごと作ればいい——ある起業の物語
仕事がないなら、作ればいい。企業が仕事をくれないなら、企業になればいい。そんな単純で、でも誰もやらなかったことを、私たちは本気でやることにしました。就労継続支援A型B型事業所が、株式会社を設立する。それは、利用者さんたちが「働く場所」を得るためではなく、「働く未来」を自分たちの手で築くための、ひとつの答えでした。 会社を設立しました。株式会社Rough&Diamonds Japanです。 この会社が何をやるのかというと、私たちがこれから運営する就労継続支援A型B型事業所の利用者さんたちが、本当の意味で生き生きと働ける場所を、自分たちで作るためのものです。 今の時代、外部で働く場所そのものが少ない。多くの事業所は、他の企業から仕事をもらって、それを利用者さんたちと一緒にこなしていくというスタイルで運営されています。もちろん、それが悪いわけではありません。でも、いい仕事をもらえるかどうかは、企業との関係性や実績に左右されます。実績のない事業所には、そもそも声すらかからないこともあります。 だったら、作ればいい。自分たちで会社を作って、自分たちで仕事を
4月8日
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