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出席扱いという小さな奇跡—愚直さが開いた扉

制度は冷たく、硬く、動かないものだと思っていた。特に教育の現場では、法令という名の壁が、必要な支援と子どもたちとの間に立ちはだかることがある。だからこそ、私自身も「出席扱い」という言葉には半ば諦めを抱いていた。自治体に認められなければ実現しない。前例がなければ動かない。そういうものだと、思っていた。でも、愚直に、真摯に向き合い続けたとき、その壁は静かに開いた。


通所が「出席扱い」として認められた


この度、私たちの施設に通っている子どもたちの通所が、正式に出席扱いとして認められることになった。

これは決して、一方的に承諾を得たわけではない。宇都宮市の学校側と、そして私(南先生)を中心に、何度も何度も自治体や関係機関に問いを重ねてきた。私(南先生)は校長先生とも連携し、学校側から教育委員会へ、「こういう取り組みを支援として認めてもらえないか」と相談してくれた。

教育委員会からの返答は、こうだった。

「実際に視察して、確かに必要な支援であると判断できれば、認めます」

そして本当に、担当者が施設に足を運んでくれた。療育の現場を見て、子どもたちがどう過ごし、どう支えられているかを、その目で確かめてくれた。

そしてすぐに、決定が下りた。出席扱いとして認める、と。


制度は難しいものだと思っていた


正直なところ、私自身も「出席扱い」という仕組みには懐疑的だった。

法令に基づいて動く制度だから、前例がなければ難しい。自治体ごとに判断が分かれる。そもそも、こうした支援施設が正式に認められること自体が稀だ。

だからこそ、「こういうのは難しいものだな」と思っていた。

でも、今回のことで分かった。

愚直に、信じて、真摯に向き合い続ければ、道は開く


不正義ではなく、真正面から


この出来事は、私にとって大きな学びとなった。

制度に対して、裏技や抜け道を探すのではなく、真正面から向き合うこと。諦めずに、声を上げ続けること。そして何より、目の前の子どもたちに必要な支援を、信じて形にし続けること

それが、結果として認められた。

これは、不正義ではない。真摯さが生んだ、小さな奇跡だ。


これからも、真摯に


この実績が広がっていけば、同じように困っている人たち、同じように悩んでいる家族や支援者たちの力になれるかもしれない。

「こういうこともあるんだ」と、希望を持ってもらえるかもしれない。

私は、この再生のルールを、これからも愚直に信じて進んでいきたい。

不正義ではなく、真正面から。

別に特別なことをしているわけではない。ただ、必要なことを、必要な形で、諦めずに続けていくだけだ。

そうすることで、きっと誰かの扉は開く。

 
 
 

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