top of page
検索

止まるために必要なもの——体幹と意識のあいだ

動いて、止まる。そのたった一瞬の間に、私たちは自分の身体のすべてを使っている。けれどそれは、力任せに踏ん張ることではない。息を吐きながら、体幹に意識を集めて、静かに自分を支えるューは多い。けれど大切なのは、ただ鍛えることではなく、体幹を使う意識を身につけることだ。技をしっかりくっつけるようにする。膝を見てほしい。二年生が三点倒立をしているとき、片足を自転車のように動かしながら、もう片方の足を外す。その瞬間、バランスが崩れかける。体幹がなければ、倒れる。けれど体幹を意識して、フーッと息を吐きながら止まれば、身体は静止する。

動いて止まる。その「止まる」という瞬間にこそ、体幹の力が試される。

続いて、デベロップ。バランスボールの上に乗りながら、身体を伸ばす。これもまた、体幹を使えない子は落ちてしまう可能性がある。だから私たちは、必ず後ろにサポートの先生を配置する。落ちないように支える。それは甘やかしではなく、安全の中で挑戦させるための仕組みだ。

子どもたちは楽しそうに笑いながら、何度もバランスを崩し、何度も立て直す。その繰り返しの中で、身体は学んでいく。どこに力を入れるべきか。どこを緩めるべきか。そして、どこに意識を向ければ、止まることができるのか。

体幹とは、中心だ。

それは筋肉の話だけではない。自分の身体の芯を感じること。そこに意識を集めること。そしてその意識を持ったまま、動き、止まり、また動くこと。

私たちが目指しているのは、ただ強い身体ではない。自分の身体を知り、使いこなし、信頼できる身体だ。そしてその過程で、誰かが後ろで支えてくれていることを知る経験も、同じくらい大切だと思っている。

落ちそうになっても、誰かがいる。だから挑戦できる。そうやって育まれる信頼と勇気が、やがて彼らの体幹そのものになっていく。

 
 
 

最新記事

すべて表示
療育現場のチームビルディング

かつて、すべての道を一人で切り拓かなければならないと信じていた時期がありました。自分が一番速く、一番うまくやれる。そう信じ込み、息を切らしながら走り続けていました。しかし、ある時ふと気づくと、私の後ろには道ができていて、そこを一緒に走ろうとしてくれる仲間たちがいたのです。彼らが「そこ、僕たちがやります」と、私の肩から重荷を下ろしてくれたとき、一人で走り続けることの意味を、そして「チーム」という言葉

 
 
 
動く福祉、キッチンカーがつなぐ仕事

人に来てもらうのを待つのではなく、こちらから会いに行く。たったそれだけの向きの違いが、閉じていた扉を次々ひらいていく。小さなキッチンカーを走らせると、町の温度が少し変わる。仕事の場が近づき、祭りがにぎわい、知らなかった人と人が笑い合う。その移動は販売のためだけじゃない—福祉の重心を動かす、静かな革命だ。 7月、キッチンカーが走りはじめます。私たちRough&Diamonds Japanが準備してき

 
 
 
ラフダイがルールに目覚めるとき

人は小さなチームでは約束で動ける。顔と名前の届く距離では、好意が制度になる。でもある日、同じ優しさが誰かを傷つける—それが組織の成長のサインだった。私は“いいじゃん、やっとくよ”で会社を走らせてきた。ある朝、その言葉が組織の足場を揺らしていることにようやく気づいた。 会社は四期目。従業員は28名、外部の先生方も合わせれば約40名。ベンチャーの勢いで走ってきて、私はずっと“優しさ”で舵を切っていた。

 
 
 

コメント


bottom of page