就労支援の現場から見つめ直す仕事の本質
自立訓練や就労移行支援、そして就労継続支援の現場で、大人たちが「社会に出て働くこと」に向き合う姿を間近で見守る日々が続いています。利用者の方々と対話を重ね、作業に取り組む様子を見つめる中で、私自身の原点とも言える、ある根本的な問いに立ち返らざるを得ませんでした。
多くの人にとって、働くことは「耐え忍ぶべき労働」や「退屈な作業」、あるいは「意味のわからない苦行」になってしまっています。何のためにこれをやっているのかが見えないまま手を動かす時間は、ただ心をすり減らすだけです。しかし、彼らが抱えるその苦しみを目にしたとき、私は強い共感を覚えずにはいられませんでした。なぜなら、かつての私自身がまったく同じ袋小路に迷い込んでいたからです。
学生時代から30歳になるまで、私は東京でダンサーや俳優として生きていました。当時の私の原動力は、純粋に「自分がこれをやりたい」「自分を見てほしい」という自己中心的な熱量だけでした。けれど、どれだけ強く願っても、そこに社会的な需要が伴うわけではありませんでした。現実の壁にぶつかり、表現だけで食べていくことを諦め、私は一度サラリーマンの世界へと身を引くことになります。
転機となったのは、福祉の現場でエンターテインメントに関わるようになった瞬間でした。私の表現や関わりに対して、目の前の人たちが「また来てください」「先生、すごいです」と、心からの笑顔で求めてくれたのです。そのとき初めて知りました。自分が差し出したものが相手にとっての確かな価値となり、真正面から受け取られ、「ありがとう」という言葉になって返ってくることの計り知れない温かさを。
「働くことの喜びとは、自分を証明することではなく、誰かの役に立っているという確信から生まれる。」
自分がやりたいことを押し通す孤独な戦いから抜け出し、他者に必要とされる歓びを知ったこと。それこそが、私が事業を立ち上げ、今日まで走り続けてこられた根幹のエネルギーです。
就労支援の現場で本当に必要なのは、単に作業の手順を教えることではありません。「自分が作ったものが誰かに届き、喜ばれている」という実感を手渡すことです。私たちは受け入れ先の企業にも想いを伝え、成果物を受け取ったときに「作ってくれて助かったよ」「ありがとう」という率直な感謝の声を届けてもらえるよう橋渡しをしました。
その言葉を直接受け取った瞬間、利用者の方々の表情が見る見るうちに明るく変わっていくのを私は見逃しませんでした。誰かの役に立ったという手応えがあるからこそ、「次はもっと良いものを作ろう」「もっと役に立ちたい」という内発的な活力が湧き上がってくるのです。
感謝を伝える側も良いものを受け取って救われ、感謝された側も誇りを取り戻して心が元気になっていく。この幸福な循環こそが、働くことの本質であり、人が社会の中で健やかに生きていくための土台なのだと、現場の数ヶ月が改めて教えてくれました。

コメント