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相手に合わせる身体、相手を感じる心を学ぶ演劇療育

誰かに「ついていく」というのは、思っているよりずっと繊細な行為です。近づきすぎれば頼りすぎてしまうし、離れすぎれば見失ってしまう。手のひらが触れるか触れないか、そのわずかな距離の中に、相手を感じること、怖がってもいいこと、そして遊びながら信頼を育てることの入口があります。


今回紹介したいのは、トレーニングで行っている「ムービング」という演劇メニューです。

やることはとてもシンプルです。相手と手のひらを向かい合わせる。ただし、最初からしっかりくっつけるのではなく、触れるか触れないかくらいの距離を保ちながら、相手の動きについていく。

相手が動いたら、自分も動く。相手の手のひらの方向、スピード、間合いを感じながら、それに合わせていく。これは、ただ真似をするだけの練習ではありません。

相手の働きに、自分の身体を合わせていく練習です。

最初からうまくできなくても、もちろん大丈夫です。そもそも「ついていく感覚」がまだない場合、手はすぐにくっついてしまいます。距離を保てずに、相手に寄りかかるようになってしまうこともあります。

でも、それでいい。

なんなら、ビビってしまってもいい。相手の動きが読めない。離れたら置いていかれそうになる。近づきすぎるとぶつかってしまう。その小さな戸惑いも含めて、この練習の一部です。

だから最初は、手のひらを合わせてもいいと思っています。触れた状態で、相手の動きについていく。相手が上に動かしたら上へ、横に動かしたら横へ。まずは「ついていく」という感覚を、遊びながら身体に入れていく。

大切なのは、できるかどうかよりも、感じようとしているかどうかです。

ついていく感覚は、命令では身につかない。遊びの中で、少しずつ身体が覚えていく。

手のひらを合わせた状態で、相手についていく感覚が育ってきたら、次は少しレベルアップします。今度は、手のひらを完全には触れさせず、わずかに離した状態で行います。

この段階になると、相手についていくためには、より集中する必要があります。触れていれば、相手の動きは圧として伝わってきます。でも離れていると、その圧に頼れません。

目で見る。気配を感じる。相手の動き出しを読む。少し遅れたら、距離が崩れてしまう。

ちゃんと相手についていかないと、手のひらの関係性がどんどん落ちていく。ずれていく。離れていく。

でも、うまくいくと面白いのです。

相手が動く。こちらもついていく。相手が止まる。こちらも止まる。まるで見えない糸でつながっているように、身体が反応していく。

「それ、よくついてくるね」

そんな言葉が自然に出る瞬間があります。

このムービングで育てたいのは、模倣する力です。ただし、表面的にコピーするという意味ではありません。相手の動きを見て、その奥にあるリズムや意図を感じること。相手がどこへ行こうとしているのかを、身体で受け取ること。

模倣とは、相手になることではありません。

相手を感じながら、自分のままで応答することです。

子どもたちと一緒にやると、この練習はとてもわかりやすくなります。子どもは、すぐに手をくっつけたり、急に離れたり、笑ったり、怖がったりします。うまくやろうとするより先に、反応が身体に出ます。

そこがいいのです。

先生と子どもたちが一緒に、楽しく、遊びながらやる。正解を急がず、感覚を育てていく。相手に合わせるとはどういうことか。ついていくとはどういうことか。それを言葉で説明しすぎる前に、身体で経験していく。

この練習には、演劇的な意味もあります。舞台の上では、自分だけが動いているわけではありません。相手がいて、空間があって、流れがあります。

自分のセリフを言うだけでは足りない。自分の動きを決めるだけでも足りない。相手が今どういう状態なのか、どんなエネルギーでそこにいるのかを感じる必要があります。

その意味で、ムービングはとても小さな形の対話です。

言葉を使わない対話。手のひらの距離だけで行う対話。相手の動きに対して、自分の身体が「はい、ここにいます」と返事をする練習です。

そして同時に、この練習はとても人間的です。

誰かについていくこと。誰かに合わせること。誰かが自分についてきてくれないときに、どんな気持ちになるのか。逆に、自分が相手についていけないときに、何が起きるのか。

ただのトレーニングのようでいて、そこには関係性の感覚が表れます。

相手が全然見てくれていないと、寂しい。急に動かれると、怖い。こちらの様子を感じながら動いてくれると、安心する。ついてきてくれると、嬉しい。

身体は、そういうことをすぐに知っています。

手のひらが触れていなくても、相手を感じることはできる。むしろ、触れていないからこそ育つ感覚がある。

ムービングの目的は、相手の働きに合わせていくことです。

ただし、それを訓練として固くやるのではなく、遊びながらやる。失敗してもいい。くっついてもいい。離れてもいい。怖がってもいい。笑ってもいい。

その中で少しずつ、相手を見る力が育っていく。相手を感じる力が育っていく。自分だけで動くのではなく、相手と一緒に動く身体になっていく。

演劇のトレーニングでありながら、これは人と関わるための練習でもあります。

近すぎず、遠すぎず。支配するのでも、置いていくのでもなく。相手の動きに耳を澄ませるように、自分の身体をそこへ合わせていく。

手のひらの間にあるわずかな空間。

そこに、信頼の始まりがあります。

 
 
 

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