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AIの時代に、子どもたちに本当に教えるべきこと

塾で計算ドリルを解く時間と、学校の校庭や公園で友達と走り回って遊ぶ時間。これからの時代、どちらが子どもの未来にとって、より価値のある投資になるのでしょうか。私たちはこれまで、知識を蓄え、効率を追い求めることを「賢さ」だと信じてきました。しかし、あらゆる知識をAIが瞬時に差し出してくれる未来がすぐそこまで来ている今、人間の価値、そして教育のあり方が根底から変わると僕は考えています。

AI時代に価値が高まる人材とは

これからの時代、どんなスキルを持つ人が「価値が高い」と見なされるようになるのでしょうか。新卒で会社に入り、活躍していくために必要な能力とは何か。突き詰めると、答えは驚くほどシンプルです。「いい人になろう」という、少し気恥ずかしいような言葉に集約されるのかもしれません。

もちろん、ただ内向的に「いい人」であるだけでは不十分です。その人の良さや豊かさが、他者とのコミュニケーションを通じて外に発露されて初めて価値になります。AIとの対話が当たり前になる時代だからこそ、人間同士のコミュニケーション能力はより一層重要性を増します。AIを上手く使いこなすためにも、結局のところ、こちらの意図を正確に伝え、相手の応答を深く理解する対話力が不可欠なのです。

そして、AIには決して真似できない、人間ならではの価値がもう一つあります。それは「突拍子もない発想値」になる能力。つまり、予定調和を壊すような突飛な発想をしたり、システムには予測できないような強い「欲求」を持ったりすることです。AIはプログラムされた範囲で最適解を導き出しますが、人間はその枠を飛び越えることができます。常識の外れにあるようなアイデアや、非合理的な情熱こそが、これからの世界で新しい価値を生み出す源泉となるでしょう。

知識を学ぶ場から、「知恵」を育む場へ

では、こうした変化の中で「学校」はどのような役割を担うべきなのでしょうか。知識のインプットという点においては、学校の価値は相対的に下がっていくはずです。教科書の内容は、手元のデバイスに「教えて」と話しかければ、ドラえもんのようにAIが即座に補足してくれるようになります。知識を記憶し、テストで再現する能力は、もはや決定的な意味を持たなくなるでしょう。

その代わりに学校が担うべきなのは、人間が生きていく上での「知恵」を学ぶ場としての機能です。人の感情に寄り添う方法、仲間を笑わせるユーモア、そして誰かと協力して何かを成し遂げる力。こうした人間的なスキルは、人と人とのリアルな関わりの中でしか磨かれません。ネット上での交流も一つの形ですが、意見の違う相手と粘り強く対話したり、喧嘩を通じて仲直りの方法を学んだりといった生身の経験は、リアルの場でしか得られない貴重な学びです。

学校は、知識を詰め込む場所から、人間関係の結び方を学ぶコミュニティへとその姿を変えていくのかもしれません。

家庭でこそ育まれる、未来を生き抜く力

学校教育の変革には、どうしても時間がかかります。だからこそ過渡期である今は、家庭における教育の重要性が増しています。変化のスピードは異常なほど速く、これまでの常識はあっという間に過去のものになります。10年前のやり方に固執していては、子どもたちは新しい時代に取り残されてしまうかもしれません。

子育ての指針も、当然変わらざるを得ないでしょう。私が5歳の息子と3歳の娘に伝えているのは、「とにかくコミュニケーションを大事にしなさい」ということです。どんな場所に行ってもすぐに友達を作れる力は、これからの時代を生き抜く上で最強の武器になる。そう信じて、様々なコミュニティに触れる機会を意識的に作っています。

塾で必死に暗記する時間よりも、公園で友達と走り回って遊ぶ経験の方が、もしかしたら将来の「仕事」に直結するかもしれないのです。多様な人間関係の中で感情を豊かにし、人の気持ちに寄り添う経験を積むこと。それも、一人ではなく、複数の人間と関わりながら行うこと。これこそが、AIには決して代替できない人間の中核的な価値を育む上で、何よりも大切なことになるはずです。

この変化は、かつてのインターネット革命が30年かけて社会を変えたのとは比較にならないほどの速度で、しかも指数関数的に加速しながら進んでいます。私たちは今、その歴史的な転換点の真っ只中に立っているのです。

 
 
 

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