演劇療育が教えてくれた、子どもの変化の瞬間
子どもが変わる瞬間は、いつも大きな音を立ててやってくるわけではありません。舞台の上で拍手を浴びたあと、次の週のレッスンで、ふと「次はこんな役をやってみたい」と言う。その小さな一言の中に、実はとても大きな成長が隠れていることがあります。
演じることで、自分の気持ちを見つける子どもたち
今年の夏の演劇公演『ザ・フィーリング』が、無事に終わりました。
本番に出演した子どもたち、ご利用者様、本当に本当によく頑張ってくれました。稽古中は、毎回こちらがヒヤヒヤします。「大丈夫かな」「無事に本番を迎えられるかな」「最後までやりきれるかな」と、心配になる瞬間もたくさんあります。
けれど、いざ蓋を開けてみると、子どもたちは本当に立派にやってくれます。
舞台という場所には、不思議な力があります。普段のレッスンでは見えにくかった表情や、言葉や、集中力が、本番の空気の中でふっと立ち上がってくることがあります。
そして今回、私が特に強く感じたのは、公演そのものの成功だけではありませんでした。
本当に大きな変化は、そのあとに起きていました。
公演が終わったあとのレッスン。さらにその次の週のレッスン。そのまた次の週のレッスン。
そこで、子どもたちの中にある変化が、はっきりと見えてきたのです。
それは、主体性でした。
これまでのレッスンは、どうしても「先生が用意したものをやる」「指示されたことに取り組む」という形になりやすい部分がありました。もちろん、それも大切な練習です。決められたことに向き合う力、最後までやる力、周りに合わせる力も育っていきます。
でも、公演を経験したあとの子どもたちは、少し違っていました。
「次は、私はこんなレッスンをやってみたい」
「次は、こんな役をやってみたい」
「こういうセリフをしゃべってみたい」
「こういうことをしたいんだ」
そんな言葉が、子どもたち自身の中から出てくるようになったのです。
これは、ただ積極的になったということだけではありません。
自分の中にある「やってみたい」を感じて、それを言葉にして、人に伝える。これはとても大きな力です。
特に、普段から自分の気持ちを言葉にすることが難しい子にとって、それは簡単なことではありません。自分でも何を感じているのかわからない。伝えたいけれど、うまく言えない。言葉にしようとすると、詰まってしまう。
そんな子どもたちが、舞台を経験したあとに、自分の意思を持ち、自分の言葉で未来の活動を語り始める。
その姿を見たとき、演劇療育の可能性を改めて感じました。
なかでも、ある男の子の変化がとても印象に残っています。
その子は、今回の公演で主役のような大切な役どころを担っていました。最初に通い始めた頃は、会話が一方通行になってしまうことがありました。自分の気持ちを言うのが難しくて、「うーん」と固まってしまうことも多かった子です。
でも、公演を経たあと、その子の表現が大きく変わっていました。
次の公演『ハピネス』に向けて、オーディションのような形で、いろいろな役の気持ちを考えてセリフを話す時間がありました。
そのとき、その子の表現力がものすごく上がっていたのです。
ただセリフを覚えて言っているのではありませんでした。
「この役は、今どんな気持ちなんだろう」
「相手は、どう感じているんだろう」
「こういう気持ちで言ってみたらどうだろう」
そんなふうに、役の心を想像し、相手の気持ちを考え、その上で自分の表現にしていました。
これは、演技の技術だけの話ではありません。
人と関わるために必要な、大切なコミュニケーションの力が育っているということです。
以前は、自分の気持ちを言葉にすることが難しかった子が、今では相談ができるようになってきました。自分の意見を言い、相手の意見を聞き、相手の気持ちを考えることができるようになってきました。
さらにすごいのは、それを「表現」までつなげられるようになっていることです。
心の中で思うだけではなく、言葉にする。声にする。表情にする。身体にする。相手に伝わる形にしていく。
その変化が、目に見えてわかるのです。
お母さんとも一緒に驚きました。
「すごい表現力が上がっていますね」と話しながら、今その子が何を思っているのか、目で見てわかるような瞬間が増えていました。
これは本当にすごいことです。
演劇療育は、ただ「演じることが上手になる」ためのものではありません。
もちろん、セリフを覚える力や、人前に立つ力、声を出す力も育ちます。舞台に立つ経験そのものも、子どもたちにとって大きな自信になります。
でも、それ以上に大切なのは、演劇が「人の気持ちを想像する練習」になるということです。
役を演じるためには、その人が何を感じているのかを考えます。どうしてこの言葉を言うのか。相手に何を伝えたいのか。本当は何を我慢しているのか。どんな思いを隠しているのか。
それは、そのまま日常のコミュニケーションにつながっていきます。
相手の表情を見ること。
相手の言葉の奥にある気持ちを考えること。
自分の気持ちを、相手に伝わる形で出してみること。
「こう言ったら、相手はどう感じるだろう」と想像すること。
演劇の中でしていることは、実は人と生きていくために必要な練習そのものなのだと思います。
セリフを覚えることの奥で、子どもたちは人の心を想像する力を育てている。
そして今回、もう一つ大切だと感じたのは、「やらされる」から「やってみたい」への変化です。
療育の現場では、どうしても大人が導く場面が多くなります。子どもに必要な課題を考え、活動を用意し、声をかけ、支援していく。それはもちろん大切なことです。
でも、本当の成長が起きるとき、子どもの中から「やりたい」が出てきます。
その「やりたい」は、とても尊いものです。
なぜなら、それは自分の気持ちに気づき、自分で選び、自分で一歩を踏み出そうとしている証だからです。
「次はこの役をやってみたい」
この一言の中には、自信があります。挑戦したい気持ちがあります。自分にもできるかもしれないという感覚があります。
そして、そこには未来があります。
子どもの主体性は、大人が押し出すものではなく、安心できる経験の中から自然に芽を出すものなのかもしれません。
舞台は、子どもたちにとって簡単な場所ではありません。
緊張もあります。失敗への不安もあります。人前に立つ怖さもあります。覚えることもたくさんあります。相手と合わせることも必要です。
でも、その全部を乗り越えた先に、「できた」という経験が残ります。
その経験が、次の主体性につながっていくのだと思います。
公演が終わった瞬間にすべてが完結するのではありません。むしろ、そのあとから本当の変化が始まることがあります。
舞台で得た達成感が、普段のレッスンの中で芽を出す。
拍手をもらった記憶が、次の挑戦への勇気になる。
役を演じた経験が、相手の気持ちを考える力になる。
セリフを言えたことが、自分の気持ちを伝える力になる。
今回の子どもたちの姿を見て、私は改めて思いました。
演劇療育には、まだまだ大きな可能性があります。
ただ演じることが上手になるのではなく、人との関わりの中で大切なコミュニケーションが育まれていく。しかも、それが大人に言われて仕方なくではなく、子ども自身の主体性として現れてくる。
その現場を見ることができたことが、本当に嬉しかったです。
「やってみたい」と言えるようになること。
「相手はどう思っているんだろう」と考えられるようになること。
「自分はこう感じている」と表現できるようになること。
それらは、舞台の上だけで輝く力ではありません。
これからの人生の中で、人と関わり、自分を知り、誰かとつながっていくための力です。
今年の夏の公演『ザ・フィーリング』は終わりました。
でも、子どもたちの中で始まったものは、まだ終わっていません。
次の公演『ハピネス』に向けて、また新しい挑戦が始まっています。その中で、どんな表情が生まれるのか。どんな言葉が出てくるのか。どんな「やってみたい」が芽を出すのか。
私はそれを、これからも大切に見守っていきたいと思います。
そして、もっともっと演劇療育を頑張りたい。
子どもたちが自分の気持ちを見つけ、人の気持ちを想像し、自分の言葉で世界に関わっていけるように。
その一歩一歩を、舞台の上でも、レッスンの中でも、日常の中でも、支えていきたいと思います。


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