療育から学ぶ「できない」の乗り越え方
- roughdiamondssince

- 1 日前
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私たちはいつから、挑戦する前に「できない」と線を引くようになったのでしょうか。かつて誰もが、自分に限界があるなんて考えもしなかったはずです。転んでも、転んでも、疑いなく立ち上がろうとしたあの頃のように。自分の可能性を信じる力は、言い訳という名の鎧を脱ぎ捨てたとき、静かに、そして力強くよみがえります。すべては、ひとりの赤ん坊が教えてくれました。
赤ん坊が初めて立ち上がろうとする姿を、思い出してみてください。彼らは、自分が立てると信じて疑いません。何度も転び、床に手をつき、それでもまた身体を起こそうとします。やがて、ぐらつきながらもその足で立ち、震える一歩を踏み出す。そして、また倒れる。しかし、その瞳に絶望はありません。「自分は立てる」「自分は歩ける」という、揺るぎない確信だけがそこにあります。
もし、あの赤ん坊が「自分には立てないかもしれない」と考えたとしたら、おそらく永遠に立つことはないでしょう。彼らは、挑戦すること自体に光を見出しているかのようです。
翻って、私たち大人はどうでしょうか。いつの間にか、「どうせ自分には無理だ」と、挑戦する前から自分でできないラインを引いてしまってはいないでしょうか。それは一見、自分を守るための賢明な判断のように思えるかもしれません。しかし、その一線は、いつしか自分を正当化するための言い訳となり、成長の可能性を閉ざす檻になってしまいます。
私は高校時代、150人もの部員がいる野球部に所属していました。当然、最初は三軍からのスタートです。レギュラーなんて夢のまた夢だと思っていました。そんな時、二軍の監督が言った言葉が、私の心に深く突き刺さりました。
「努力すれば必ず成功するとは限らない。しかし、成功した者の中に、努力しなかった者は一人もいない」
私はこの言葉を愚直に信じ、雨の日も風の日も、毎日千回の素振りを自分に課しました。周りには「どうせ俺たちなんて」と練習の合間に駄弁っている仲間もいました。彼らは、自分たちで引いた「できない」というラインの内側で、傷つかないように過ごしていたのです。しかし、私はバットを振り続けました。その結果、三年生の最後の夏、私は三番打者としてレギュラーの座を掴むことができました。
自分で引いた限界線は、心地よい言い訳を生みます。しかし、その姿は決して美しいものではありません。私たちは皆、赤ん坊のように、ただ「できる」と信じて挑戦する力を持って生まれてきたはずです。
この考え方は、私が働く療育の現場でも同じです。私たちは支援者として、目の前の子どもたちに「できるよ、やってみよう」と声をかけ続けます。たとえ失敗しても、「大丈夫。次はどうすればできるか、一緒に考えよう」と寄り添う。この時、もし私たち支援者側が「この子には無理だろう」という前提を持っていたら、それはただの押し付けになってしまうでしょう。だからこそ、私たち自身が、挑戦する赤ん坊のような純粋なマインドを持ち続けるためのトレーニングを日々欠かしません。
最近、ダンス未経験の新しいスタッフが入りました。当然、最初はうまくできません。しかし、それは当たり前のことです。「やったことがないからできない」のではありません。「やればできるようになる」のです。
努力の量を測る物差しは、自分の中にしかありません。これだけやれば十分だろうと思った時、ふと周りを見渡せば、もっと膨大な努力を重ねながら、それでも「まだ足りない」と前を向いている人がいるかもしれません。大切なのは、他人と比較することではなく、自分自身の基準をどれだけ高く引き上げられるか。その先にこそ、本当の成長が待っているのです。私もまた、昨日より今日、今日より明日と、自分の中の基準を少しずつ引き上げながら、毎日を生きています。

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