薬に頼らなくなった日―演劇が教えてくれた「なりたい自分」への道
- roughdiamondssince

- 19 時間前
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私たちは、自分が演じた役柄に少しずつ似ていくことがあります。それは嘘をつくことではなく、自分の中にまだ眠っていた何かを起こすことなのかもしれません。小学3年生のその子は、薬を飲むことで落ち着きを保っていました。でも演劇のクラスで「しっかりした子」を演じたとき、何かが変わり始めたのです。役を通して、自分自身をアップデートしていく――そんなことが本当に起こるのだと、私は目の当たりにしました。
ADHDと診断され、服薬によって気持ちを安定させていた小学3年生の子どもがいました。薬が効いているときは落ち着いて過ごせる。でも薬が切れると、少しざわざわとした感情が顔を出す。お母さんは言いました。「少しずつでいいから、薬を減らしていけたらいいなと思っているんです」。
その子は演劇が好きでした。だから演劇療育のクラスに通い始めました。そこで与えられた役は、「すごくしっかりした子」。いわゆる落ち着いていて、自分をコントロールできる子どもの役でした。
最初はただ演じていただけだったのかもしれません。でも、役を繰り返し演じていくうちに、その子の中で何かが変わり始めました。演じることが、日常にも染み込んでいったのです。
クラスの中で、その子は自分の感情を抑え、落ち着いて振る舞う「役」を生きていました。そしてそれが、日常の中でも自然に現れるようになっていったのです。お母さんもそれに気づいていました。「自分で自己抑制できてきているような気がするんです」と。
やがてその子は卒業していきました。薬を飲む回数も減り、穏やかに日々を過ごせるようになっていました。
私は医師ではないので、薬の良し悪しについて語る立場にはありません。でも、演劇を通してこんな効果があるのだと、目の前で確かに見たのです。これはおそらく、プラシーボ(プラセボ)のような作用なのかもしれません。でも、そんな単純な言葉では片付けられないほど、その変化は確かなものでした。
「こういう心を演じていく中で、自分をアップデートする」――それが本当にできるのだと、その子が教えてくれました。
これは私にとっても大きな成功体験でした。そして、その子にとっても良い道を示せたのではないかと感じています。演劇の奥深さは、こちらが意図していない部分にまで届くことがあります。それが、この仕事の美しさでもあり、驚きでもあります。
もし同じような悩みを抱えている方がいたら、ぜひ相談してください。演劇療育は、思いもよらない扉を開くかもしれません。
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