top of page
検索

薬に頼らなくなった日―演劇が教えてくれた「なりたい自分」への道

私たちは、自分が演じた役柄に少しずつ似ていくことがあります。それは嘘をつくことではなく、自分の中にまだ眠っていた何かを起こすことなのかもしれません。小学3年生のその子は、薬を飲むことで落ち着きを保っていました。でも演劇のクラスで「しっかりした子」を演じたとき、何かが変わり始めたのです。役を通して、自分自身をアップデートしていく――そんなことが本当に起こるのだと、私は目の当たりにしました。

ADHDと診断され、服薬によって気持ちを安定させていた小学3年生の子どもがいました。薬が効いているときは落ち着いて過ごせる。でも薬が切れると、少しざわざわとした感情が顔を出す。お母さんは言いました。「少しずつでいいから、薬を減らしていけたらいいなと思っているんです」。

その子は演劇が好きでした。だから演劇療育のクラスに通い始めました。そこで与えられた役は、「すごくしっかりした子」。いわゆる落ち着いていて、自分をコントロールできる子どもの役でした。

最初はただ演じていただけだったのかもしれません。でも、役を繰り返し演じていくうちに、その子の中で何かが変わり始めました。演じることが、日常にも染み込んでいったのです。

クラスの中で、その子は自分の感情を抑え、落ち着いて振る舞う「役」を生きていました。そしてそれが、日常の中でも自然に現れるようになっていったのです。お母さんもそれに気づいていました。「自分で自己抑制できてきているような気がするんです」と。

やがてその子は卒業していきました。薬を飲む回数も減り、穏やかに日々を過ごせるようになっていました。

私は医師ではないので、薬の良し悪しについて語る立場にはありません。でも、演劇を通してこんな効果があるのだと、目の前で確かに見たのです。これはおそらく、プラシーボ(プラセボ)のような作用なのかもしれません。でも、そんな単純な言葉では片付けられないほど、その変化は確かなものでした。

「こういう心を演じていく中で、自分をアップデートする」――それが本当にできるのだと、その子が教えてくれました。

これは私にとっても大きな成功体験でした。そして、その子にとっても良い道を示せたのではないかと感じています。演劇の奥深さは、こちらが意図していない部分にまで届くことがあります。それが、この仕事の美しさでもあり、驚きでもあります。

もし同じような悩みを抱えている方がいたら、ぜひ相談してください。演劇療育は、思いもよらない扉を開くかもしれません。

 
 
 

最新記事

すべて表示
演劇療育が紡いだ小さな奇跡—ある少女の成長物語

自分の気持ちをうまく言葉にできない子どもがいます。友達に何かを言われても、言い返せない。心の中でグッと我慢して、家に帰ってから苦しくなる。そんな日々を繰り返している子どもたちに、私たちはどう寄り添えるのでしょうか。ある小学6年生の女の子は、演劇という「役を演じる場所」で、初めて自分の感情に声を与えることができました。台本の中で「悲しみ」を演じた彼女が、やがて現実の中で「嫌だ」と言えるようになるまで

 
 
 
一つの作品を作るということ——演劇療育が育む、見えない力

舞台の上で、子どもたちは自分以外の誰かになる。そしてその瞬間、自分だけでは見えなかった景色が、少しずつ開けていく。演劇発表会で上演された『アレックスの夢』は、怪獣のバラードの真っ赤な太陽をモチーフにした物語だった。でもそこで本当に起きていたのは、台本に書かれていないもっと静かな変化——協力すること、誰かのために頑張ること、そして「できない」と思っていたことに手を伸ばすことだった。 以前の演劇療育発

 
 
 
先生が踊る意味――スキルより大切な、子どもたちへの誠実さ

発表会の舞台で、先生たちが踊る。それは華やかなショーではなく、ひとつの誠実な応答だ。「この人たち、本当はどれくらい踊れるの?」――子どもたちや保護者の心のどこかにある、そんな問いかけに、言葉ではなく身体で答える瞬間。ダンスや演劇を教えるエンタメ療育施設ラフダイには、元プロや一生懸命に舞台に立ってきた人たちがいる。その姿を見せることが、子どもたちに夢を与え、保護者に安心を与え、スタジオ全体に説得力を

 
 
 

コメント


bottom of page